2015年09月17日

あまりものには福がある(内容暗い:注意)

一昨日、てんぷらをしました。
人生初の、自作てんぷらです。

ひとりじゃなかったから、奮発していろいろ買ったり
畑の野菜やらをたくさん採ってきたりして
食べきれないくらいの食材を用意したら、見事に余らせました。

さて。
その余り食材を無駄にせず、昨日今日とせっせこ台所に立つのでした。
今日は、煮物こさえた。
かき揚だーーー!と息巻いて買ったはいいが、あえなくリタイアしたゴボウ。
そいつと、れんこんの残りと、かき揚予定だった、にんじん。
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ああ、季節だね。冬になったら、毎日煮物か、鍋の日々だ。


昨日は、てんぷらの衣をアレンジして
くもくもドーナツでした。緩めの生地を油に落としたので、雲みたいに形が定まらない笑
名付けて「くもくもドーナツ」。
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味はそこそこイケたが、食感はもうちょっと研究が必要。


それらを狙うそまちゃんのかわいい顔。だーめよっ!
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この歳にしてどうして初てんぷらかというと。。ホントは初じゃないのでして。
揚げ物にトラウマがあって。
まだ若かりし日、ひとりで自宅で揚げ物をしていたら、
何か誤って油に水が入ってしまい、肩から背中に油の噴水をあびてしまったのです。
それ以来、怖さがあって苦手になってしまいました。実際は、苦手な振り。


人間、克服せねばならないことはある。
揚げ物はそのひとつだと思い、強行突破したのですが
いかんせん、へたくそでした。。サクッといかない。。
見るに見かねたもうお一方が上手に揚げてくれて。
おかげでおいしいてんぷらいただけました、ありがとう^^。
・・・経験者だったのね。お見逸れーみーよー。

揚げ物の決め手は、とにかく油の温度と量、ということがわかりました。
ありがとう、教えてくれて。もちょっと、がんばります。


あたくしが克服すべきなのは。実は揚げ物そのものだけでなくて、
苦手である“揚げ物”と対面することで、自分の中にとぐろをまいた感情の逝き場。

己を認める。
すべてにおいて大切なことが、未だ途上ゆえの感情。
至る場面で、あいつはとぐろをまきはじめるのだ。
はははぁ、揚げ物をあなどってはならなかったなぁ。


まずは上手に揚げ物ができるようになろう。引き続き余り物を駆使するかな。
そして、ごまかしながらでなくて
おいしいよって、誰かに作ってあげられるようになろう。
posted by たかよ at 00:59| 長野 ☁| Comment(2) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月09日

時間の無駄だった。

とある誰かが目標のドアを閉ざしたとき、

あたしは絶対に、また戻ってくるって分かってた。

たぶん、それはみんなおんなじで、

一度閉ざしたドアに、今手をかけてる彼のこと

最初っから信じてたってことだけで、いいような気がしたんだ。



とある誰かが己の思いを貫く決意をしたとき、

あたしはいつかくる別れに、それに負けないくらいの決意が出来なかった。

もしかしたら、それはあたしが唄やいろいろにたいするものと

おなじだったのかもしれない。

あたしは生命とひきかえにするくらいの思いで、向かっていたのか。

あのこの決意は生命と引きかえの決意だったのだけど、

明日がどうなってもいいくらいの思いで、

一瞬一瞬を刻み続けて、あのこはようやくねむった。



週末の龍神公園音楽祭、前夜祭と通して

すごい人たちと同じ時間を共有して、いろんなことを感じた。

あまりのすごさに圧倒されて、

唄うことすら放り出したくなったり

でも、唄の幸せもかみしめたり

これまでもことあるごとに何度も何度も繰り返していた

そのどうしようもない思考を


一瞬にして打ち消してくれたのは

そんなこと考えちゃって、唄やギターを裏切れないよ

って、気づかせてくれたあたしの中のあなた。


ほんと、時間の無駄だった。そんなことを考え続けていたことが。


あたしは、これまでいろんなものを裏切ってきたけど

自分が心に決めたものを裏切ることはしちゃいけない。


こんな、当たり前のことに気づかせてくれた

毎日と出会いに感謝。


台風いって、青空見えた。
posted by たかよ at 12:50| 長野 ☔| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月13日

高江の話を聞いて

※個人的な感想の記録ですので、無駄に長文です。m(_ _)m

高江在住のミュージシャン石原岳さんのトーク企画に参加してきました。
岳さんは音楽活動と並行してオスプレイパッドの現状を伝える活動をされている方です。

基地反対座り込み運動の様子と共に、高江の暮らしの様子を
たくさんの画像を見ながら話してくださいました。
やんばるの豊かな自然、素朴でシンプルな暮らしぶり、
本来、人間の営みとはこうであったのだろう、と思えるような土地に根ざした生活。
そんな環境と対するように続けられる米軍の訓練。
それによって脅かされている安心の生活…。

初めて知ったことばかり。

座り込み運動は、非暴力がモットー。
にもかかわらず、通行妨害罪で国から訴えられ、過剰な行動があったとして
通行妨害禁止の判決が下った。

国や大企業などが、弱者にあたる側に対し報復的に訴訟を起こすことを
SLAPP(スラップ)訴訟というらしいです。表現の自由を侵害するとして、欧米では
州法で禁止している所もあるらしいですが、日本ではそういった風潮にないようです。
国が憲法違反をするという、よくあるひどい話。

一番衝撃だったのは、「ベトナム村」の存在。
ベトナム戦争時代、ゲリラ戦の訓練に高江の住民が参加させられたそうです。
ベトナム風の家並みを作り、ベトナム風の衣服を着せた住民をかり出して、
ベトナムでの戦闘を想定した訓練。実際に焼夷弾を投下したこともあったそう。

そして現在、高江は毎日規約に反した訓練に生活を脅かされているそうです。
規定では21時までの飛行訓練は、23時まで続くことはザラで、
日をまたぐこともあるそうです。低空飛行訓練も高度の限度を決められてはいても、
実際にはそれを超えた高さ(低さ?)まで下りてくるそう。

そして問題のオスプレイ配備。
「未亡人製造機」とも言われるオスプレイがどう問題なのか、ってのは
知識不足なのでかかないけど、高江という地区全体を訓練場とされている現状で、
情勢が情勢ならば、高江の住民を実際の標的として攻撃するなんてこと、
容易に考えられるなと思った。
意図的に戦争の引き金にも使われ兼ねないのではないか。
9.11でも思ったけど、アメリカとはそういう国家だから。

これって、同じ国に住む人たちに強いることなのか?いや、国関係ないな。
戦争が終わっても、沖縄が日本に返還されたといっても、
沖縄の人たちにしてることは変わらないじゃないか。
胸が痛い。でも痛いなんていってるうちは、まだ傍観者なのかもしれない。


いつも人は繰り返し。
形を変えて、繰り返し。
沖縄基地問題、原発やらのエネルギー問題、過剰な開発や交通網…
必ず一部の誰かの利益のために、多数の弱い誰かが犠牲になる。
そして、対立。争う。
どんなに争って、ひとつのことが何かの形を経て終わっても、
また新たな争いが準備される。

この元が何か。
そこを絶たないことには、きっと永久に争いがなくなることはない。
騙し合いが終わることはない。
その答えを見つけながら、
その中で唄っていくんだ。唄うしかないな、私にはそれが一番の手段だし。

まとまりのない文ですが、
忘れないために。これからのために。
今日の思いを記録しておきました。


聞いたこと、忘れちゃいけないし、
聞いて終わり、にはしたくないので、
まずは明日(もう今日、だった)郵便局いって、
なけなしのお金だけど募金してこようと思う。
と、書いたからには行くしかないな。

今日のこの企画は、ヒナタヤさんであったのですが、
美紀さんの沖縄や原発への思いが込められた
美味しいお食事がついていました。
本当に美味しかった。
posted by たかよ at 03:24| 長野 ☀| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする